2015年1月にWalker+に掲載された内容です
築120年の空き家だった古民家が、東京から移住された松本安雄さん(59歳)浩子さん(54歳)ご夫妻によって生まれ変わった。
大分県豊後大野市緒方町の農家民泊「古民家の宿まつもと」だ。それは、「いずれは米や野菜を栽培しながら、のんびり暮らしたい」という安雄さんの思いと、今なお、農山村ならではの原風景が残る緒方町とが共鳴したことから始まった。
古民家の宿「まつもと」は国道502号から見上げる高台にありながら、家の前をゆったりと水が流れている。米どころ緒方町、水に恵まれた町ならではの光景だ。
一歩中へ入ると、どこか懐かしさを感じる。昔ながらの戸や家具もそのまま利用されていて、白い壁がそれらを一層輝かせている。
昔のままのタンスには浩子さんの機織り作品が同居。タンスも嬉しいだろうな、とホッと癒された。
泊り客用の部屋は一階と二階に一室ずつあるというので、二階を見せてもらった。
落ち着いた空間に漂う古民家の息遣いは、まさにヒーリングスポットそのもの。
まつもとでは、宿泊や日帰りでの農作業や機織り、料理といったさまざまな暮らし体験ができるが、その一番のお楽しみは、食事だろう。 食事担当の浩子さんは、20代の時に調理師免許を取得したという。その理由は「いずれはどこかで農家民泊を」などと考えていたわけでもなく、「ただただ料理が好きだったから」だと。 その調理師としての腕が発揮されるキッチンは、ご覧のとおり、実に開放的。 宿泊の場合はもちろんだが、日帰りのお食事でも、ここで一緒に料理を作り、盛り付けるなどの体験ができる。農家民泊の宿ならではだ。
ダイニングは薪ストーブがいい感じだ。4人ほどだったら、ここでアットホームな食事が楽しめそう。
この日、お食事の予約が入っているという中、お邪魔させていただいた。ご飯は「おこわ」だと…。
安雄さん栽培の天日干し(掛け稲)にした香り米100%という贅沢さだ。どうやら豆おこわのようだ。
「おこわは、羽釜で一気に蒸した方が美味しいから」と薪を燃やす安雄さん。お湯が沸く釜の上に下ごしらえされたセイロが乗せられた。昭和にタイムスリップというか、実にゆっくりした時間を感じた。
実は、私も一昨日、近場だけにお泊りではないが、食事を予約しておいた。
一階には他の女性のお客さんたちがいたので、私は二階の和室でいただいた。 生憎のどんよりした空模様だったが、高台の宿だけに、窓の向こうにはおだやかな景色が広がる。 私には見慣れた風景だが、遠来の方々にとっては、これもご馳走だろう。
程なくして料理が運ばれてきた。
ご飯にメインのプレート、小鉢2つに漬物、汁のセットだ。これにコーヒーor紅茶、デザートが付いている。
プレートに並ぶのは、ニンジンの3色サラダ、車麩のフライ、ブロッコリーのオムレツ、菜花の胡麻和え、きのこの塩こうじマリネ。
これ、先ほどの羽釜で蒸したおこわだ。いい色合い、いい香りだ。モッチモチ感も食をそそる。女性の方でもお代わりされるそうだが、納得の旨さだ。
そして3色サラダ。普通のニンジンはもちろんだが、黄色のニンジンも自家栽培で、浩子さんは「初めて植えてみたけど、思った以上に良くできたんですよ」と。
そして小鉢の一つには、艶々の「浸し豆」。これ、山形産の豆で秘伝豆だと…。
出汁に浸したものだが、しっかりと張っていて食感もいい。なんで山形の豆なんだろう、と思って浩子さんに尋ねたら、「東京に住んでる時からのお気に入りなんです」と。
汁物は粕汁。もちろん地産地消。地元の浜嶋酒造「鷹来屋」の酒粕だ。「美味しいから帰りに鷹来屋さんに寄ってみよう」というお客さんも多いだろうな、と嬉しくなった。
デザートは、自家製甘藷で作ったスイートポテト。ほっこり控えめな甘さだ。
なお、機織り体験もできるが、色の希望があれば、一週間前までの予約がおススメ。
ところで、納屋の軒下には「地元の方が協力してくれるので不自由しない」という薪が積まれている。こうした光景も、今となっては懐かしい。
松本さんは、これまでを振り返り「意外に地元の方が来てくれるのに、正直ビックリしました」というが、ここには、農山村とはいえ、失われ行く昔懐かしい暮らしの風景、佇まいが輝いているからではないか、それが、地元の方々にとっても大きな魅力なのではないか、と感じた。