水路の危機、竹との闘い

先日の大雪で山が無残な姿をさらした。耕作放棄地となってはびこるのは竹である。その竹が雪の重みに耐えられず、軒並み割れ裂け、そして倒れたのである。山中であればまだしも、家や道路そして水路を塞いだ木や竹とは闘うしかない。

 

私は地区の水路を管理する井手守である。先ずは水路に目が行く。2/14の朝、近くの水路を見ると水かさがやたら増えている。変だ、とノコやクワなど小道具を手にし出動した。行ってみると倒れた木が水路を塞ぎ、土手から水が溢れているではないか。土手が壊れると、場所によっては土石流となり、人家への被害も出かねない。上流の水門を止める電話をし、応援者を呼んで雪が降り続くなか撤去作業である。

 

手分けして地区の水路全体を見廻ると、とんでもない事態となっていた。倒れた竹で塞がれたところは数知れず、大きな木が2本、根を起こしして倒れ、水路の路肩が崩れんばかりのところ。10本ほどの木が軒並み倒れ、水路を塞いでいるところ。被害は甚大である。

 

当面の作業は集落の道路を塞いだ竹の撤去である。自宅周りの片づけは後回しだ。日々の生活のため車が通る道路を確保する必要がある。倒れた竹を手ノコで切断し、軽トラに積み一か所に集める。一定の量になったら雪か雨の日に焼却する。火が大きくならないようにするため、あえて天気の悪い日に焼くのだ。

 

道路の片づけが済んだら、次は水路周りの片づけである。地区で日中作業できる人は限られている。毎日、毎日竹切りである。軽トラに積むため竹一本で3~4か所切断する。いったい何本倒しただろうか。何回ノコを入れただろうか。数百、いや数千にもなるだろうか。なによりも辛いのは、伐採した場所から軽トラが寄りつける道までの運びだしである。ただひたすら手で引きづり出すしかない。ほとんど牛や馬にでもなった気分だ。

 

そんな中、知り合いから道路を塞いだ木を撤去してほしい、と電話があった。地区によってはこのような作業する人がいないところもある。夕方近かくになってチェーンソーを軽トラに積んで出かけ、一人で撤去した。

 

3/7、ようやく地区の水路周辺の片づけが一通り終わった。

水路がダメになると、かろうじて耕作している水田も作れなくなる。水田がダメになれば耕作放棄地、つまり中山間地であるこの地は”山”と化する。大げさに言えば、水路は集落を維持するための生命線ともいえるのだ。

 

日本の原風景である里山とは、自然に手を入れ、人と共存してきた場所だ。かつてこの地を潤した緒方井路というこの水路も、三百数十年前の岡藩時代に素掘りで作られたものである。

 

里山の多くはこの地と同じように重機(動力機械)の入りにくい場所にある。つまるとことろ、里山を底辺で維持しているのは、今回の作業のような肉体労働=”人力”なのだという現実を、肌身で知るものとなった。

 

きつい労働の”戦利品”は薪ストーブの原料となる木材である。立派な焚物となる木がよりどりみどりだ。ただ、道路まで自分の手で担いでいかねばならない・・・

これも、それも、み~んな体力勝負。これが田舎暮らしの現実である。

 

サラリーマンの時によく言われたものだ。

「金のある者は金を出せ。知恵のある者は知恵を出せ。金も知恵もない者は ひたすら汗をかけ」

 

来たれ!田舎へ ただし、体力に自信のある者に限る

 

さて、そろそろ自宅周りの片づけでもやるか・・・

水路際をえぐるよう倒れた木

倒れた木が水路をせき止め、土手をあふれる水


軒並み倒れ、水路を塞ぐ幾千の竹達

きつい労働の”戦利品”は、焚物となる木


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