昨年と言おうか、先月と言おうか、要するに年末に隣町の竹田市に美味しいイタリアンができた、ということで、久方ぶりに妻と二人で夕食にでかけた。スパイスが効いて好みの味だった。なんとパスタを三種（三皿）も食べてしまった。

 

ところで、かつてスパゲッティと呼んでいた、イタリア料理をパスタと呼ぶようになったのはいつの頃からだろうか。イタリア語でパスタは麺類の総称らしい。同じようにジェラートもイタリア語でいわゆる氷菓の総称らしいが、ようするにアイスクリームのことだ。

 

私は麺類が好きで、どんぶりものより炒めもの麺をより好む。例えばチャンポンより、焼きチャンポンの方がいたって好きだ。

 

大正生まれの父はスパゲッティのことを”アカうどん”と呼んで、ちょっと嫌がっていたように思う。子供のころ姉がスパゲッテイが好きらしく、よく作ってくれた。姉が作るスパゲッテイは、もっぱらケチャプベースのナポリタンであった。したがって私はスパゲッテイとは赤い麺の焼きそばのようなもの、と思っていた。

 

かつて、新幹線にはビュッフェと呼ばれる軽食のコーナーがあった。上京して間もないある時、私はこのビュッフェでスパゲッテイ（”パスタ”ではない）を注文した。ところが意に反して出て来た麺は薄い黄色で、麺の色そのもののようだった。具もあまり入っていない。赤くないスパゲッティが出てきたのだ。

 

私は「東京のスパゲッテイは赤くないのだろうか？」と一瞬疑問に思ったものの、スパゲッテイの皿の側に赤く小さな四角い瓶があるのに気付いた。

 

「ははぁ～ん、このダシで赤く色をつけるのだな」、確か姉が作ってくれていたスパゲッテイは、粉をふりかけていた（おそらく「オーマイスパゲッテイ」）が、東京のスパゲッテイは液体のダシなのだ、とその場で臨機応変に？理解した。私はその赤い瓶のフタを開け、スパゲッテイに降り注いだ。ところがである。意に反して赤い液はほんの数滴しか出ない。詰まっているのだろうか？

 

しかし、ひと瓶出されたのだから、当然ひと瓶丸ごと使うのがふつうだろう。私は自分で言うのもなんだが、元来素直な人間である。人を疑うとうことを好まない。無理のない自然なものの考え方をする。

 

私は力を強めながら瓶を振り続けた。何分たったのだろうか、ちょっと疲れたかな、と手を休めた。と、その時、カウンター越しに若い女性店員の目線を感じた。気のせいか、なにか冷たく感じなくもない。そして、何やら二人でひそひそと話している。

 

スパゲッテイを注文した時は、愛想がよく南沙織似でけっこうかわいい女性だな。でも、ちょっと背が高すぎるな、とかなんとか一人で思いを巡らせていた。が、今は興味本位？で何やらじろじろと見られている。「もしかして、オレに気でもあるのかな？」と、思い直しあらためてその女性を見ると、さっと目線をずらした。

 

私は気を取り直して瓶を振り続けた。私はかつてバレーボールをやっていたのだ。スパイク（アタック）で手首のスナップを使うのは得意だ。さすがに疲れてきた。ようやく半分くらい出ただろうか。

麺の色は薄っすらと赤くなってきたものの、姉が作ってくれていた真っ赤なスパゲッティにはほど遠い。しょうがない、少し味をみてみよう。

初めて味わう感触だった。なんだか舌先が反応していない、変な感覚だった。が、それから３秒ほどして、頭の上に突き抜けるような衝撃が走った。カ・ラ・イ・・のかな？

頭の中は、まだ整理されていない。とっさに、コップの水を飲んだ。条件反射だ。すると、不思議と味が口の中に広がってきた。これは香辛料だ、恐らく。

そして、その正体は”東京の液体唐辛子だ”。「そんならそうと書いておけよ！」ラベルは横文字だらけでなんのことやらわからない。気づいたものの、時既に遅し。

しばらく思案してみたものの、結論が出るのにそんなに時間はかからなかった。食べるしかない。口に入る物は何でも食べる。兄弟が６人と多かった私は、好きとか嫌いとか、そんな選択肢は与えられることなく育ったのだ。おかげさまで人一倍背丈が伸びた。母には感謝している。

再度、気を取り直して店員の方をちらっと見た。幸い別の客の対応をしていた。私は平静を保ちながら、”辛いものが好きなんだ”というふりをして食べ始めた。左手で皿を持ち、右手の動きが速くなった。口の中の滞在時間をなるべく早くするため、ほとんど噛むことなく、どんどん下の方にある胃に運んだ。

食べ終わると、目を合わせないようにしながら、黙ってレジにお金を置きその場を去った。そして顔を洗い、トイレに入ってシャツを着替えたのだった。