6年目の気仙沼

「橋がかかったぞ」気仙沼・大島に住む義兄より電話がは入ったのは3月末のことだった。念願の気仙沼・大島架橋がついにその姿を現したのだった。苦節50年、島民念願の橋である。そして気仙沼震災復興の象徴でもある。橋の名前は、な、なんと”鶴亀大橋”。なんでも島の人達の公募で決まったそうである

 

その橋を見たいこともあって、2年ぶりに気仙沼に出かけたのだった。

船で25分ほどの途中で、出来たばかりの長さ300mの大島架橋が見えた。実際に人が渡れるようになるのはさらに2年後、「平成30年度中の開通」とのことである。

 

街はさらに大きく変貌していた。そして津波で一階部分をやられた実家の近くの海岸もまた大きく姿を変えていた。防潮堤という名の大きな”城壁”がいたるところで海と陸を遮っているのだ。近くの漁港から気仙沼の街を眺めるといたる所に白く長い”城壁”が見える。

 

そして港町気仙沼の顔となる船着き場(エースポート)もまた、一面が2~3mの高さでかさ上げされ、さらに”城壁”の工事が進行中であった。

 

2年前に来た時にも、この”城壁”の話題で持ちきりだったが、結果的に高さをやや抑えながら作られてしまったのだった。立場によって意見の違いがあったそうである。かろうじて津波の被害を逃れた人や、サラリーマンには防潮堤の建設が望まれ、逆に漁師や観光に携わる人、津波で家を流され既に別の場所に移った人に反対意見が多かったという。

 

行政として何もしないわけにはいかないことはよくわかるのだが、港町気仙沼の顔ははたしてこれでいいのだろうか。今後の街づくりがどうなるのか。遠く離れた九州から妻と私の思いはつきない。

3月末に架かった大島架橋

義兄撮影


「案内所」バス停・かさ上げ中の気仙沼船着き場

気仙沼船着場(エースポート)前の”城壁”


気仙沼商港付近にそびえる”城壁”群

       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島の漁港付近にも”城壁”が


志津川地区の震災遺構となった旧防災庁舎

その建物の上まで、かさ上げ工事中

志津川まできた三陸自動車道、気仙沼まで予定


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